グラウン作曲 オペラ

『クレオパトラとチェーザレ』

全3幕

台本:ジョヴァンニ・グァルベルト・ボッタレッリ


Carl Heinrich GRAUNc.1703-1759"Cleopatra e Cesare"

Libretto da Giovanni Gualberto Bottarelli



NAXOS MUSIC LIBLARY

Overture
 
第1幕
 第1場
 
(アレキサンドリアの町並みを臨む港にて。態勢を整えたチェーザレの艦隊から、将軍レントゥーロが将兵たちとともに上陸する。そこへトローメオとアキッラが町からやって来る。彼らの兵が、ポンペーオの首を銀皿に載せて持ってくる。他に、アルサーチェと従者のアラブ人たち、コルネリアとその息子であるセストとクーネオ。ローマの高官たち、そしてエジプト、アラブの兵士たち)
Coro 群集たちの合唱
テーバイの国が偉大なるバッコスの恵みを受けた如く、
我らにはローマの英雄が勝利をもたらす。
Recitativo チェーザレ
友よ、わかった、もうよい!
(トローメオが、晒しものになったポンペーオの首を持つアキッラと兵士たちとともに
近づく)
トローメオ
チェーザレよ、まことの忠誠のしるしとして、誓いの品を献上しよう。
チェーザレ
(驚きながら)
トローメオ、何のまねだ!
コルネリア
(トローメオに怒りを向けて)
残虐な暴君!私の悲しみのうちに、新たな悦びを見出そうというのね?
(チェーザレに向かって弱々しげに)
チェーザレ様、お願いです、数々の武勲で誉れあるあなた様が、
じつは愛深きお方でもあるというのはまことでしょうか?
どうぞその御手を、裏切られたポンペーオの妻と子に差し伸べてください。
クーネオ
ご慈悲を!
セスト
復讐に助力を!
チェーザレ
卑劣漢め!お前は自らの恩人を裏切り、そしてローマから英雄を奪い去ったのだ。
トローメオ
(決然として)
このトローメオの友情が気に入らぬというなら、もっとましな言葉を探せ。
私は宮殿に戻り、そこでお前を待とう。
お前の侵攻を阻めば、どうにかエジプトの統一は護られる。
 
Aria トローメオ
この屈辱を座して待つことはしない、
私も戦士だ、お前に競り勝ってみせよう。
  恨み言をこぼすような、情けないことはせぬ。
  お前は私の心に怒りの火をつけた、そう、最初の男なのだ。
(アキッラとその配下とともに退場)
 
 第2場
(チェーザレ、コルネリア、セスト、クーネオ、アルサーチェとレントゥーロ)
 
Recitativo チェーザレ
(トローメオに向かって強い調子で)
待っていろ、ならず者め!
セスト
(チェーザレに)
どうか、私たちの抜き差しならぬ状態に思し召しを。
クーネオ
(弱々しい様子でチェーザレに)
どうぞ憐れみを。我が愛する父の死を目の当たりにすれば、
私同様、あなた様もきっと涙を禁じえないでしょう。
チェーザレ
あの男には裏切の代償を払わせてやろう。ポンペーオの彷徨える霊に報いてやるのだ。
ローマ人の作法について教えてやる。
コルネリア
私は見たのです。〔独白:ああ、辛い記憶だわ!〕
理不尽な不運があの人に降りかかり、その血が夥しく流される様を。
ああ、もしもあなた様が私なら、きっと同じような痛みを感じたはずですわ!
 
Aria コルネリア
おお、神様、ご覧になりましたでしょう、
私の腕から愛する人が奪い去られる様を。
そう、私は不実な輩の裏切の犠牲者。
  今や復讐を乞い願うばかりのこの私。
  心の奥深く、苦しみの刺し貫く様をご覧になりましょう。
(セスト、クーネオとともに退場)
 
 第3場
(クレオパトラが衛兵たちとともにやって来る。そこにチェーザレ、アルサーチェ、レントゥーロ)
 
Recitativo チェーザレ
〔独白:おお、何と美しいのだ!彼女がエジプトの女王、クレオパトラか〕
クレオパトラ
〔独白:チェーザレの顔に輝く優しさと威厳に、うっとりさせられる!〕
私の玉座を狙っているトローメオに対抗するためにも、
あなた様の偉大な目的に協力いたしましょう。
チェーザレ
今日という日こそが、そなたが自らに相応しき玉座へと登る日なのだ。
(横を向いて)〔独白:愛の告白をわかってくれるだろうか?〕
クレオパトラ
あなた様は恵み深いお方、私を好ましく感じてくださるでしょう。
(横を向いて)〔独白:愛しているだなんて、恥ずかしくて言えて?〕
チェーザレ
女王よ、栄誉を求める心以上に、愛こそが余をエジプトへ引き寄せたのだ。
そなたの美しさは噂に高い。もっと近くでその姿を見せてくれ。
こうなれば敵に対して容赦はせぬ。ただそなたのみに、勝利と余の愛をもたらそう。
アルサーチェ
〔独白:なんだって?恋敵になったというのか?〕
レントゥーロ
〔独白:どうなってしまったんだ?〕
クレオパトラ
チェーザレ様、私をどうなさるおつもり?
チェーザレ
噂は嘘ではなかった。愛らしさにあふれるその顔を、余は驚きとともに崇めよう。
クレオパトラ
私自身は勿論のこと、すべてはあなた様のものですわ。
私はあなた様に相応しいような輝きと美しさを持ってはおりませんが、私の心を差し上げましょう。
熱い憧れの念と、甘い喜びが、私の顔を火照らせるのです。
 
Aria クレオパトラ
か弱きこの魂と瞳に、貴方の愛が宿るなら、
私の心は揺さぶられてしまう。
  話しても、黙っていても、優しく歌うときも、
  じっと貴方を見つめるときにも。
(従者とともに退場)
 
 第4場
(チェーザレ、アルサーチェとレントゥーロ)
 
Recitativo アルサーチェ
(強い口調で、横を向いて)
〔独白:無念だ!期待していたのに。でもまだ終わりではないぞ。〕
(チェーザレに恭しく歩み寄る)
貴殿に幸運をもたらすための、更に良き方法があります。
このアラビアのアルサーチェにお任せを。
チェーザレ
余の運命を、友よ、そなたに任せよう。この腕に抱かせてくれ。
アルサーチェ
女王様に対しては、私の出来ることの何なりともご用立てをいたしましょう。
女王様のご命令に従いますので、どうぞこの場所に留まることをご許可ください。
(アルサーチェと従者が退場する)
チェーザレ
やりたいようにするが良い。
 
 第5場
(チェーザレとレントゥーロ)
 
Recitativo レントゥーロ
チェーザレ殿、クレオパトラの何が、こうまで強くお心を捉えたのです?
だいたい、ローマの者たちが何と言うでしょうか?
チェーザレ
クレオパトラの宮殿に行く。知見ある者として、互いに語り合うのだ。
レントゥーロ
どうぞ心にお留め置きを。愛といえどもあてにはなりませぬ。
(ローマ兵たちとともに退場)
 
 第6場
(チェーザレ一人で)
 
Recitativo チェーザレ
愛しき瞳へ、悦びへと進もう。愛する者の不在は、たとえ短い時間でも大きな苦しみだ。
 
Aria チェーザレ
愛する人から遠く離れていても、苦しみを感じないのは、
心がおかしいからではない。
その者が愛を語らないのは、ただ愛を知らぬからなのだ。
  人が愛を学ぶのは、心に火をつけた恋人がいなくなったときだけだ。
(従者とともに退場)
 
 第7場
(トローメオの宮殿の一室。トローメオ、アルサーチェ、アキッラがいる。
他にエジプト・アラブ軍の兵士たち)
 
Recitativo アキッラ
(アルサーチェに)
チェーザレを始末するんだ!そうすればお前の敵は玉座からいなくなる。
邪魔者をお前の手にかけるんだ。
トローメオ
どうやってやるつもりだ。
アキッラ
我々で奇襲をかけるのです。夜になり、チェーザレが油断している隙をつきます。
トローメオ
結果はどうあれ、話は決まった。お前には妻が、私には皇帝の座が待っている。
(衛兵とともに退場)
アルサーチェ
俺も恋敵に対しては友情も義務も尊敬も持たぬ。
かつては忠実だったこの心も、恋を妨げられたとなれば、
憎しみに変わり、残酷になるのだ。
(衛兵とともに退場)
アキッラ
まんまと目論見が外れて、悪党が廃墟のなかで野垂れ死んでいる様を見てやりたいものだ。
 
Aria アキッラ
もうじき奴のその手から、王笏をねじり取ってやろう、
奴の額からその桂冠を。奴の胸からその心臓を。
  私は誓おう、すべてのローマ人の傲慢な血潮を以って、
  丘も砂漠も染め抜いて、ナイルの波に混ぜ合わせてやると。
 
 第8場
(クレオパトラとアルサーチェが、それぞれの方向から従者を伴い入場)
 
Recitativo アルサーチェ
〔独白:ここで冷たいあの女と出くわすとは!〕
クレオパトラ
〔独白:会いたくない相手だわ!〕
アルサーチェ
愛しい人よ、この私を本当に見限るというのか?
クレオパトラ
自らの愛人が全てだというなら、あなたはどうなさるおつもり?
アルサーチェ
その愛にどこまでも忠実でいるさ。
クレオパトラ
安心して頂戴、私はそんなに貞淑ではなくてよ。
アルサーチェ
だがよく考えるんだ。ローマ帝国がチェーザレとエジプト女王の結婚を許すはずがない。
私はあなたのもっとも忠実な下僕なんだ。
クレオパトラ
あなたの熱意は光栄だわ、手腕だって頼もしい。
でも、あなたが見返りに求めているものを、私が与えることはないの。
よく聞いて頂戴、愛は法律に縛られはしないわ。そう、好みじゃないのよ。
それが運命。だから神様の計らいなの、私の心変わりを咎めるのは見当違いよ。
 
Aria クレオパトラ
たとえ嵐のただなかで、旅人が波に呑まれても、
舵手が悪いわけではない、
ただ海に大風が吹いただけ。
  さくらんぼの実が驟雨に打たれ、落ちたとしても、
  農夫を責めるのはお門違い。
(従者とともに退場)
 
 第9場
(アルサーチェ一人で)
 
Recitativo アルサーチェ
(クレオパトラを強く罵りながら)
ひどい女だ、さっさと行くがいい!
じきにこの侮辱の仕返しをしてやる、次に会うのはその時だ!
おお!いまいましい尻軽女め、ああ、なんて惨めな諍いだ。
(更に動揺しながら)
この胸の嵐、そして冷たさと炎、毒を以ってお前はこの心臓を引き裂くのだ。
お前は私の何なのか。
(やや考えあぐね、そして決然として続ける)
無慈悲な怒り?
おお、そうとも、チェーザレもまた、このアルサーチェと同様、希望を失うのだ。
我々がなくしたものを、他の奴らも絶対に手に入れることはない、
それがせめてもの慰みだ。
つかまえるすべもない褒賞に期待をかけるなら、それは自分を追い込むことさ。
 
Aria アルサーチェ
勇敢な戦士は執着しない、
もたらされる報償にも、かつての友軍にも。
  ただ剣と怒りの炎以外を除いては、すべてを殺し、破壊し尽くす。
  たとえ味方と戦おうとも、己の死へと突き進む。
(従者とともに退場)
 第10場
(彫像と円柱のある広大な庭。中央の荘厳な台座の上に、ポンペーオの遺骨を納めた
納骨壷がある。他に薪、青銅の祭壇、水盤、バーベナ、松明と香料)
(コルネリアは台座にもたれかかり、すすり泣いている。傍らにセストとクーネオがいる)
 
Recitativo クーネオ
母上、私の言うことを聞いてはくださらないのですか?
セスト
なぜ下ばかりを向いているのです?
コルネリア
(納骨壷から離れ去り、断固とした調子で息子たちに語る)
偉大なる頂点から不運の奈落へと突き落とされたのは辛い。
でも、あなたたちの父の名は(涙声で)世界の遍くにきこえているのです。
ああ、神様、もっとも頼みとしていた人間に裏切られてしまうとは…
(静かに泣き崩れる)
クーネオ
おお母上、その涙で、私の悲しみもさらに深くなります。
セスト
父上の思い出は我が胸を刺し貫く。
コルネリア
あの人の怒りと屈辱は葬り去られてはいません。それは復讐によってこそ慰められるのです。
あの人の鎮魂のために、この私が犠牲になるほかありません。
セスト
おお、何と!
クーネオ
何を言われるのです?
セスト
もし母上が死ぬようなことがあれば、
私もただの一日も安穏として生きていることは出来ません。
 
Aria セスト
あなたに見捨てられたなら、おお神々よ、
私たちはどうなってしまうのか?
  どうか憐れみを以って、
  そのような残酷な望みはお捨てください。
 
Recitativo コルネリア
私は死を覚悟しているのです。
セスト
ああ、心ががもろくも千々に張り裂ける。
クーネオ
胸が張り裂けるようです。
コルネリア
祈るのです。儀式の開始を妨げてはなりません。
 
Arioso コルネリア
おお、我が愛する人の亡霊よ、
彷徨い、復讐を果たすこともなく、
私のこのため息が見えるかしら、
あなたの妻の口づけを受けてくれるかしら、
あなたのために命を捨て、地に伏しましょう。
 
Recitativo クーネオ
ああ、私も死んでしまおう。
セスト
何という苦しみだ!
コルネリア
死にましょう。
(聖油を石炭の上に流す。ポンペーオの遺骨のほうをしっかり見つめ、短剣を手にする)
炎が身体の髄まで焼く尽くすほど、この激しい怒りを消し去ってくれる。
そして愛するあの人に会うことが叶うようにと、祈りましょう。
我が甘美な希望よ。そして、ともに冥府の河を渡るのです。
(彼女が自害しようとしているところへ、チェーザレが駆け込んで来て止めさせる)
 
 第11場
(チェーザレと衛兵が加わる)
 
Recitativo チェーザレ
コルネリア、気は確かか?
コルネリア
ああ、私の名誉を重んじてくださるなら、どうか死なせてください。
チェーザレ
(短剣を彼女の手から奪い去り)
剣を寄こすのだ。
ん、この騒ぎはいったい何だ、騒々しいぞ…
(軍勢の雄たけびが聞こえてくる)
 
 第12場
(レントゥーロが登場する)
 
Recitativo レントゥーロ
(数人の護衛とともに)
チェーザレ殿、武器をお取りください!
アルサーチェとトローメオが叛乱を起こしました。
今はまだ町の外にいます。しかし、じきに進軍し、攻撃して来るでしょう。
城門は無防備なまま。
コルネリア
挑戦を受けて、見過ごされるのですか?
チェーザレ
(コルネリアに)
トローメオへの、偉大なるポンペーオの仇をとることを約束しよう。
(仲間とともに退場する)
コルネリア
おお、愛するお方よ、我が望みの成就は、雪辱を果たし、冥界へ赴くまで待ちましょう。
その時にこそ、我が犠牲的行為が完遂されるのです。
(息子たちとともに退場)
 
 第13場
(レントゥーロ一人で)
 
Recitativo レントゥーロ
希望を持つべきか、恐れるべきか、それはわからない。
奪われた希望は、力づくでも取り戻すのだ。
 
Aria レントゥーロ
私は進もう、暗黒の荒波の上を、
海原を渡る気まぐれな風に逆らって。
  嵐を恐れず、凪も期待せず、
  止まることなく戻ることもなく、帆を張って。
(仲間とともに退場する)
 
 
第2幕
 第1場
 
(広大な平原に無数のエジプト・アラブ連合軍の天幕がある。片側には町の城壁、
跳ね橋によって門が遮られている。
ローマ兵が城壁の銃眼に配備され、エジプト・アラブ軍は襲撃のための隊列を整えている)
(トローメオ、アルサーチェとアキッラ)
 
Recitativo トローメオ
我が軍の状況は敵もすでに知っているはずだ。
アキッラ
今こそ急襲いたしましょう。
アルサーチェ
準備は万端。もう勝利を掴み取ったも同然です。
さあ、戦いへ、いざ戦いへ!
(エジプト・アラブ合同軍が馬車を駆り、城壁に迫る。そこに梯子をかけ、攻撃を仕掛ける)
 
Sinfonia
 
 第2場
(トローメオとアルサーチェが城壁に打撃を与えていた時、跳ね橋が下りて、
チェーザレとレントゥーロが先陣を切ってくる。
ローマ軍が襲い掛かり、チェーザレはトローメオを、レントゥーロはアルサーチェを、
ローマ軍の将軍はアキッラを追撃し、兵士たちは他のものを攻め立てた)
 
Recitativo チェーザレ
逆賊め、逃がさぬぞ!
トローメオ
(戦いながらもチェーザレにむかって)
お前の偽善に満ちた桂冠は、じき私の足もとに転がることだろう。
(レントゥーロとアルサーチェは小競り合いを繰り広げた後、レントゥーロに追われ、
アルサーチェとアキッラは兵士らとともに宿営地の後方へと退却した)
 
Sinfonia
 
 第3場
(チェーザレとトローメオ)
(短かい戦いの後、トローメオが捕縛される)
 
Recitativo チェーザレ
(トローメオの武装を解除して)
観念しろ。鎖はどこだ?お前は兵たちとともに捕虜の身だ。
(エジプト兵たちが武器を置く)
トローメオ
くそ!疫病神め!
(ローマ兵がトローメオの武装を解き、手錠をかける)
 
 第4場
(レントゥーロが登場する)
 
Recitativo レントゥーロ
(敵を追っていた先から戻り)
アキッラとアルサーチェは取り逃がしてしまいました……
チェーザレ
その二人もやがて罰せられよう。
(レントゥーロに)
囚人たちをコルネリアのもとに連れて行くのだ。
罰するか許すかは、彼女が決める。
(囚人たち、数名のローマ兵とともに退場する。
兵士の数人はトローメオの監視役として残る)
 
 第5場
(トローメオとレントゥーロ)
 
Recitativo レントゥーロ
(トローメオに)
お前の命運は私の手中にある。チェーザレ殿はお前を許さぬだろう。
トローメオ
いかなる侮辱に遭おうとも、我が勇気は恐れることなく耐え抜こう。
決してたじろぎ屈することはない
 
Aria トローメオ
もし運命が、私を苦しめたいと望むなら、
私はその意に従おう。
だが変わらぬこの勇気が、
それでもこの胸を突き動かす。
(衛兵たちとともに退場)
 
 第6場
(夜、クレオパトラの居室。彼女は悲嘆にくれ泣いている様子。
椅子、小机、燭代が見える。そして数人の護衛と廷臣たち)
 
Recitativo クレオパトラ
ああ、神様、この胸が痛い!堪えられないわ。
(座る)
恐怖で凍りつきそう、愛するチェーザレ様、私の唯一の希望、どこにいらっしゃるの?
誰が教えてくれる?いままさに、酷いめにあって窮地にいるのではないかしら……
(弱々しい様子)
 
Aria クレオパトラ
我がうるわしの愛よ、あなたのために。
ああ、悲哀につつまれ、凍りつく冷たさ。
この心を押しつぶす。
 
 第7場
(チェーザレが数人の衛兵とともに現れる。クレオパトラのアリアは中断)
 
Recitativo チェーザレ
愛するクレオパトラよ、喜ぶのだ、既に敵は打ち負かされたぞ。
クレオパトラ
生き返ったような気持ちだわ!
チェーザレ
(立ち去ろうとする衛兵たちに)
レントゥーロを余のもとへ呼べ、他の者は下がるように!
女王よ、余の胸の内を明かそう。
(ともに腰掛ける)
ここに座り、愛を語ろうではないか。
クレオパトラ
光栄ですわ!
(横を向きながら)何としてでもこの人をその気にさせなければ。
チェーザレ
我が至高の君よ、心が燃え立つことなく君を見つめるのは難しい。
クレオパトラ
神はあなた様の唇を以って語り、あなた様の瞳のなかに輝き、
そして愛と尊敬を求めますわ。
チェーザレ
さあ、私たちの愛の心を、それに相応しい情熱で燃やすのだ。
クレオパトラ
そういたしましょう。私たちの愛と真実を優しく交わすのね。
チェーザレ
そなたは余とともにローマに向かい、そこで玉座に昇ることとなろう。
クレオパトラ
あら?私たちがテヴェレ河を見るまで結婚を待たなければならないの?
ここには神殿も祭壇もないとでも?クレオパトラは、チェーザレ様の妻として、
このエジプトにいるのに。でなければ……
チェーザレ
わかった。では今日の佳き日に、そなたを余の妃として迎えよう。
クレオパトラ
〔独白:愛の果実を手にいれるわ〕
心の準備はできています。もしあなた様から離れてしまうようなことがあれば、
信じてほしいの、私の愛は悲しみと不安に襲われて、この誠実な心は平和を失ってしまうでしょう。
 
Aria クレオパトラ
私は感じるの、この甘い愛のうちに本物の悦びの直感を。
そうよ、私の胸は快さに激しく揺すぶられる。
  ただそれだけで、私たちの心が固い絆で結ばれ、平和を見出すので。
  もう何も怖いものなどないくらいに。
 
第8場
(チェーザレとレントゥーロ)
 
Recitativo チェーザレ
レントゥーロよ、愛の力に勝るものが未だかつてあったか?
そう、結婚だ…
レントゥーロ
何をおっしゃっておいでです?
異邦人を玉座に迎えるなど、元老院が許すはずありません!
チェーザレ
だが、おお!余はもうあの女なしではいられんのだ。
レントゥーロ
ではこのようになさいませ。噂が広まってしまわぬうちに、
「策略のためクレオパトラと虚偽の婚約をした」と、そう言って、元老院を安心させるのです。
チェーザレ
そなたの助言はためになる。直ちに実行することにしよう。
(退場)
 
 第9場
(レントゥーロ一人で)
 
Recitativo レントゥーロ
ああ、なんと奇異な愛の掟だろう!
怖いもの知らずの恋人たちよ、愛の無情と冷酷を知らぬとは!
 
Aria レントゥーロ
愛に盲いた魂は、可愛い顔にたやすく燃え上がる。
なんと不運で哀れなことか!
愛がどれだけ高くつくかもわからずに?
  それは終わりのない苦痛、ひとりよがり。
  女のほうはそれ程でもないというのに。
(退場)
 
 第10場
(広大な平原に数多の破壊された天幕が倒されている。戦車が散乱し、壊れた武器が転がる。
トローメオの負け戦のあとである。崩れた城壁に、閉ざされた跳ね橋。夕暮れの情景)
(数人のアラブ兵を伴ったアルサーチェとアキッラ)
 
Recitativo アルサーチェ
弱体化した軍勢で強大な敵に立ち向かうなど無謀だったか。
アキッラ
崩落した壁の間を進み、同盟者であるテオダートのもとへ行こう。
私も一緒だ。極悪の侵略者を血の河に沈めてやるのだ。
きっと好機はめぐってくる。勇気ある者は、たとえ敗走の途にあっても諦めぬ。
(数名の兵士たちとともに廃墟の間を進む)
アルサーチェ
そうだ、退却する者がいつも怖気づいているとは限らぬ。
我が愛する人がいる限り、あの傲慢な侵略者に抵抗してやる。
愛する女を失うようなことがあれば、この命に意味などないのだからな。
 
Aria アルサーチェ
慈悲深き神様も、甘い恋ほど楽しくて、愉快なものを下さりはしない。
  愛想の良い神々よ、私は何も望まぬ。
  あなたへの忠誠に対する報いのほかに、
  なにも魅惑的なものなどないのだから。
(他の兵士たちとともに廃墟のなかに消え去る)
  
 第11場
(彫像と円柱のある広い中庭。中央の台座の上にポンペーオの墓碑)
(コルネリア、セスト、クーネオ、鎖に繋がれたトローメオ、衛兵と侍従たち)
 
Recitativo セスト
もうこれ以上、ご自身を傷つけるのはおやめください。
クーネオ
お気を確かに、母上。
コルネリア
(優しく)落ち着くように、悲しみを忘れるようにと、あなたたちは言うのね?
私があの人のことを考えすぎるのは良くないと?
(断固として調子で)息子たちよ、あなたがたの父は、復讐を遂げることが出来ないいまま、
私たちにそれをなすことを望んでいるのですよ。
セスト
傷めつけ、死に追いやりましょう!
クーネオ
苦しめながら殺してやりましょう!
トローメオ
生かすも殺すも勝手にするがいい。
コルネリア
犬にも劣る裏切者、嘘つき、恩知らずめ、これで終わりだ、
今こそ復讐してやろう、死ね!
(彼女が短剣を振り上げる)
 
 第12場
(チェーザレが衛兵とともに登場)
 
Recitativo チェーザレ
おお、コルネリアよ、何をする?
(彼女をおしとどめる)
気を落ち着けるのだ!そなたの悲しみは良くわかる。しかし待て。
この男はローマに連行しよう。
 
コルネリア
愛する人の魂よ、ああ、わかって頂戴、私は本当は。
きっと、必ずや、あなたの復讐を遂げ、あの男に死をもたらしましょう。
 
Aria コルネリア
我が愛しき人の魂よ、
カロンの艀の横でただひとり、
逸る心で復讐を待ち望む。
  この愛とまことの心はひとつ、
  裏切者への罰を願い、たのむばかり。
(息子たちとともに退場)
 
 第13場
(チェーザレとトローメオ)
 
Recitativo チェーザレ
暴君よ、語るが良い、余がこの地に来るまで、いかに民衆の正義を踏みにじってきたのか?
トローメオ
答えてやろう、お前こそ、傲慢にもこの国の主権を迫害した、欲深く悪辣な独裁者だ。
いったいどれだけの国々の平和を乱せば、お前の残虐な心は満たされるのか?
チェーザレ
余はただ己の名誉のためにのみ、このエジプトへとやって来た。余を見よ。余が不遜な男と思うか。
(衛兵たちを呼び寄せる)そこにいる男の足枷を解いてやれ。(トローメオの足枷が解かれる)
さあ、行け、お前の宮殿を自らの牢獄とするのだ。お前には忠誠しか求めぬ。
 
 第14場
(クーネオ一人で)
 
Recitativo クーネオ
母上は何処に?運命を分かちたいと望んでいるのに。母上が胸に隠す激情が気にかかる。
ああ、神々よ!御心なれば、この赤誠からの祈りと願いを聞きとどけ、愛する母上を護りたまえ。
我が亡き父の復讐を遂げ、我が悲運の王国を守護し、殺戮と破壊を止めさせたまえ。
 
Aria クーネオ
数多の無垢なる魂を見とどけたまう、
聖なる神々よ。
ならず者からこの不運の国を守護したまえ。
  我が母、我が父の痛みと絶望がつきまとう。
  この受難のときの終わりを、見ることが出来るのか。
(退場)
 
 第15場
(祭壇にセラピス神のある寺院。左右の階段の脇に衛視、楽士がいる。
司祭が香油を入れた水差しを捧持し、芳香がただよい、婚礼の儀式に相応しく松明が灯る。
助祭が祭壇を荘厳している間、チェーザレとクレオパトラが、介添の稚児、
ローマ人とエジプト人の進列とともに入場する)
(クレオパトラとチェーザレ)
 
Recitativo クレオパトラ
〔独白:とうとう願いが叶うわ〕
チェーザレ
愛する人よ、そなたの心に副えるときがやってきた。
クレオパトラ
ああ、どれだけこのときを待ったでしょう。
チェーザレ
これからは常にそなたと共にある。
クレオパトラ
でもそれだけでは十分ではありませんわ。まずはセラピスの壇の前で誓いを立てて下さらなくては。
チェーザレ
(困惑したように横を向いて)おお、今度は何だ!
(強い調子で)そなたこそはその愛で、我が心を支えてくれる存在だとローマに宣言しよう。
(彼女に手を添えて)さあ、その手を。
クレオパトラ
優しくも神々しい御手、これまで以上に私の心を虜にしますわ。
チェーザレ
さあ、祭壇に進もう。司祭よ、式を執り行うのだ。
(二人は祭壇へと歩み、指示を受けた司祭は婚礼の儀に入る。チェーザレとクレオパトラは祈りの歌を口にする)
 
Duo チェーザレとクレオパトラ
おお、神聖なる婚礼の神々よ、
今こそ天より降り立ちたまえ、
我らが二人の心に。
永遠なる真実を誓う二人のもとへ。
 
(結婚式が始まろうというその時、アルサーチェ、トローメオ、アキッラと数人の兵士たちが踏み込み、
式を妨害する)
 
 第16場
(アルサーチェ、トローメオ、アキッラが兵士を伴い武器を手に登場)
 
Recitativo アルサーチェ
(怒り狂って)許せぬ。愛する女がチェーザレのものになるのを見るなど。
トローメオ
ぶち壊せ、こんな忌々しい儀式など、徹底的に破壊してしまえ!
(祭壇の水差しを床に投げつける)
チェーザレ
腹黒い裏切者め!
(チェーザレと廷臣たちが剣を奪い取り、敵を寺院から追い払う。武器のぶつかり合う音が、外から聞こえてくる)
クレオパトラ
神々を冒涜し、神殿を汚すような不信の輩は追放しなければ。
(動揺しながらも護衛とともに立ち去る)
 
 第17場
(剣を手にしたアキッラと数人のエジプト兵)
 
Recitativo アキッラ
(セラピスの像を蔑むように見ながら)
エジプト神のくせに!ローマ人の味方をするのか?
(強い調子で)
ああ、信心などくだらぬ。おい、胸くその悪い坊主ども、お前たちのことだ!
(助祭たちが恐怖のあまり逃げ出す。兵士たちが神像をこなごなにし、祭壇を壊し、水差しを投げ、松明を消し、全てを滅茶苦茶にして外に捨てる)
松明を消せ、香炉をぶち壊せ、神々などない。こんな寺など、坊主もろとも破壊してしまえ。
 
 第18場
(コルネリアが登場する)
 
Recitativo コルネリア
まぼろし?現実?ああ、なんてひどいことを!
アキッラ
神々は人間のことなどどうでもいいのだ。
 
 第19場
(クレオパトラが加わる)
 
Recitativo クレオパトラ
こんなひどい目に遭うなんて、私は何処へ行けばいいの??
(アルサーチェに)
野蛮な、恥ずべき悪党だわ、神聖な神殿を汚して、畏れを感じないの?
アキッラ
お前のことは哀れんでやろう、女だからな。
 
 第20場
(チェーザレ、レントゥーロ、トローメオが小競り合いしながら登場)
 
Recitativo チェーザレ
(トローメオに)こうやって私の善意を無視するつもりだな?
レントゥーロ
(トローメオに)こうして我々の信用を裏切るのか?
トローメオ
俺をこんな目に遭わせる神々などくそくらえだ。
 
Sestetto チェーザレ(トローメオに)
宣戦布告だぞ、さあ戦いだ!
クレオパトラ(チェーザレに)
あなた、恐ろしいわ!
トローメオ(チェーザレに)
よし、いざ戦いへ。
コルネリア
復讐の雄叫びを。
アキッラ
怒りに身がわななくぞ。
レントゥーロ
誓いを果たそう。
クレオパトラ
ああ、神様!
コルネリア(トローメオに)
無慈悲な輩!
レントゥーロ
おお、神よ!
アキッラ
何という宿命だ!
トローメオ
悪辣な暴君め!
チェーザレ
これが最期だ!
全員で
かくなる横柄で不遜な者どもよ、朽ち果てよ!
チェーザレ
泣いているのか、愛する人よ。
クレオパトラ
苦しみが私を押し潰すのです。
チェーザレ
余は勝利する。
クレオパトラ
お勝ちになるのね。
チェーザレ
そなたのために戦うのだ。
クレオパトラ
私のために戦ってくださるのね。
チェーザレ(トローメオに)
恩知らずめ!
トローメオ(チェーザレに)
暴君め!
コルネリア(トローメオに)
極悪人!
クレオパトラ(アキッラに)
このならず者!
レントゥーロ(アキッラに)
不信心者!
アキッラ(クレオパトラに)
この嘘つきめ!
全員で
愛を蔑み、法を軽んじ、慈悲を知らぬ輩たちよ。
 
 
第3幕
 第1場
 
(戦利品に飾られた凱旋行進。エジプト・アラブ軍の捕虜を連れたローマ兵たち)
(チェーザレが鎖に繋がれたトローメオ、アルサーチェ、アキッラを引いてくる)
 
Recitativo チェーザレ
お前たちは余の寛大さを無にしたのだ。
(トローメオに)せっかく足枷を解いてやったのに。
(アルサーチェに)自由を与え、国を返してやったのに。
それがこのざまか?
アキッラ
(チェーザレに)この期におよんで俺たちを侮辱することに何の意味がある?
トローメオはお前から主権を守ろうとしているだけだ。
トローメオ
(アルサーチェに)ローマ人がどんな奴らか分かっただろう。傲慢なインチキ野郎さ。
我らにとって恥となることが、ラテンのお偉方にすれば美徳なのだ。
チェーザレ
(トローメオとアルサーチェに)不遜な連中だ、お前たちの言葉には腹も立つ。
だが苦痛に盲いてのことと、大目に見よう。
天の神々は王たる者への戒めとして、お前のような堕落した君主を我らに見せたもうのだ。

そのような者に情けをかけるこそ罪となるだろうに。
(アルサーチェに)アルサーチェよ、お前だけはわかるだろう、私がいかに寛大な征服者かということが。
アルサーチェ
(チェーザレに)このアルサーチェの魂は、そんな低劣なものを受け入れはせぬ。
チェーザレ
(衛兵隊長に)よし、いいだろう、この者たちを投獄し、鎖で繋いでおけ。悪事の報いを受けさせるのだ。
 
(トローメオ、アルサーチェ、アキッラに)
Aria チェーザレ
余は死と血を以って報いてやるのだ、
愛と誠意を重んじることなく、情けと威厳を踏みにじる、
傲慢で不埒な悪党どもに。
偉大な覇者のもたらす和平を拒む、愚か者の行く末を、
お前たちの破滅を以ってならいとしてやろう。
(数人のローマ兵とともに退場する)
 
 第2場
(アルサーチェ、トローメオとアキッラ)
 
Recitativo アルサーチェ
(トローメオに)同志よ、勇気を奮って威厳を取り戻そうではないか。
トローメオ
今日までは支配者だった。だがもう終わりだ、私の最期が来たようだ。
アキッラ
(トローメオに)運命に対する希望をお持ち下さい。
私はどこまでも、閣下の生命と玉座をお護りいたしましょう。
それが忠実なる部下の証です。
(数名の衛兵とともに退場する)
アルサーチェ
一瞬でも怖気づくくらいなら、死と向き合いましょう。
我等の失墜が宿命だというなら、立派に気高く死を受け入れましょう。
トローメオ
捕囚の身ではあっても、内なる堅き勇気ゆえに自由だというわけだな。
そうだ、いかに過酷な運命でも、この勇気に打ち克つことは出来ぬのだ。
 
Aria トローメオ
ここに私は君臨し、私はここでついえ去る。
私は死を待つ、だが王として。
その死さえも、私を蒼ざめさせることはかなわない。
  墓石の下で、草葉の陰で、私は自らの運命と王国を見出す。
  いつか道行きの異邦人が、羨望とともに我が墓標を崇める様を。
(残った衛兵たちとともに退場する)
 
 第3場
(クレオパトラの居室にて。立腹した様子で手紙を持っている。
衛兵と侍従が控えている)
 
Recitativo クレオパトラ
私がテヴェレの捕囚になるですって?
車に引かれ、ローマの群集に嘲られ、笑いものになる?
ふざけてるわ、チェーザレ!とんだ裏切りよ!
(さらに強い調子で興奮して)
神だって呪ってやるわ!
(立ち去ろうとするところでコルネリアに会う)
 
 第4場
(コルネリアとクレオパトラ。そこへ鎖に繋がれたアルサーチェ、衛兵と廷臣が来る)
 
Recitativo コルネリア
女王様、征服者があなたをローマへ連れて行こうとしているのは本当?
クレオパトラ
私のことはそっとしておいてください。
アルサーチェ
ひどい人だ、チェーザレの妻としてローマへ行くというのか?
クレオパトラ
あなたはいつも私を困らせるのね。
アルサーチェ
おお、君に私を咎め立てする権利はない。
クレオパトラ
私を陥れようとするペテンだわ。
アルサーチェ
君こそ僕の愛をないがしろにしたじゃないか。
コルネリア
もしあなたが彼のことを愛していないなら、お願いです、
彼のことは嫌わないで。少なくともチェーザレは……
クレオパトラ
あの男は裏切者よ、野蛮な悪者だわ!
コルネリア
でもあの方の愛は……
クレオパトラ
あの人には愛も情けもないのよ。
コルネリア
あなたの言うことがわからない、どうして。
クレオパトラ
これを読めばわかるわ。
(コルネリアに手紙を渡す)
コルネリア
(横を向いて)〔独白:ああ、これはどういうことかしら?〕
(読む)
元老院貴下。
余はエジプトに勝利し、トローメオを捕囚とした。だがクレオパトラだけは帰順しておらぬ。
この困難を打開する唯一の策として、余は彼女と偽装結婚する。
それゆえ、テヴェレは間もなく勝利と財宝にくわえ、我々二人を目にすることとなろう。
直ちにこちらを出帆し、帰途につく。
クレオパトラ
あなたは知っていたの?
アルサーチェ
女王よ、だから言ったのだ、あの男はあなたを騙してローマに連行するつもりだと。
コルネリア
心中をお察しするわ。でもたぶん、この手紙には裏があるのです。
チェーザレはあなたを愛しているし、決して卑怯な方ではない。
クレオパトラ
私の破滅もあの人の裏切りも確定したのよ。
でも私は知っているわ、そんな憎悪にみちた世界から抜け出す方法を。
そうよ、私を導く悲しみを全ういたしましょう。
 
Aria クレオパトラ
ああ、この苦しみを語ることができない、
悲嘆に暮れる魂だけが、私のうちにうごめく。
  不遜なる卑怯者、そのずるがしこい策略よ、
  愛も信義もない、無情なる暴君よ。
(侍従とともに退場する)
 
 第5場
(コルネリアとアルサーチェ)
 
Recitativo コルネリア
希望にすがりつく、哀れな女の姿だわ。
私もまた愛するあの人のことを思い、ため息をつき、
苦しい涙に暮れる。
だから彼女の悲しみはよくわかる。
私の心にも彼女の心にも、愛に満たされた安らぎが戻るといいのに。
 
Aria コルネリア
私にはわかる、運命の意思に、
愛の力に抗うことは出来ないと。
胸に甘い炎をいつくしみ抱く者は、
それが本物だということを知っている。
(退場)
 
 第6場
(アルサーチェ一人)
 
 第7場
(手紙を持ったクレオパトラ、チェーザレ、衛兵と侍従たち)
 
Recitativo クレオパトラ
(強い調子で)裏切の証拠がここにあるわ……
チェーザレ
いや、話を聞いてくれ…、おお、何としたことだ!
(手紙を取り上げて)これは本心じゃない、つまり、ただの紙切れなんだ。
クレオパトラ
ふん、あわてているのね、この恥知らず。こうして私は欺かれたわけね?
これが私に誓ってくれた本心なのね?
不実な人。馬鹿馬鹿しいおふざけ騒ぎで私を嘲り、屈服させるのが愉しいのでしょう。
女王の心がこんな侮辱に遭っているのですものね??
(その場を立ち去ろうとする)
チェーザレ
(彼女を押しとどめて)余の話を聞いてほしい。
クレオパトラ
今更何を?きっとあの破廉恥な手紙のことでシラを切るのでしょうね、
何のことだ、自分は書いた覚えがないぞ?なんて。
チェーザレ
余は……
クレオパトラ
うそつきの悪党だわ。善と偽り限りない悪行をおかす。
チェーザレ
だが神々は…
クレオパトラ
あなたにバチを当ててくれるでしょうね。
(踵を返して去る)
チェーザレ
(彼女を止めながら)後生だから行かないでくれ。話を聞いてくれ。
クレオパトラ
あなたは、エジプトの民が落ちぶれた私を目にすることを望んでいるのでしょう?
それがご満悦なのよ。
意味のない王冠ならこうしてやるわ。
(王冠を脱ぎ、チェーザレの足許に投げる)
投げ返してやる。こんなものがなくても、私の心は女王のままだから。
 
 第8場
(チェーザレ、そこへ衛兵を伴ったレントゥーロ)
 
Recitativo チェーザレ
余はどうすれば良い、前代未聞のショックだ!
(呆然と立ち尽くす)
レントゥーロ
チェーザレ殿、その手紙は私が元老院に宛てた後、行方がわからなくなっていたものです。
それがどうやって彼女の手に……
チェーザレ
友よ、見てくれ、これがその元凶の手紙だ。彼女が受け取ったのだ。
彼女はこれを読み、怒りにとらわれてしまった。
どうか余に代わって、彼女に伝えてくれぬか。
誠心の愛を以って、王宮で彼女を待っていると。
ローマにもエジプトにも臆することなく、彼女を妻に迎えると。
レントゥーロ
ローマ人は異邦の者との愛を危険なものと見なします。
ですが、私たちの間には友情と信義がありますゆえ、問題はありません。
何があってもあなた様のご命令に従い、望みにかなうよう準備いたしましょう。
(衛兵とともに退場する)
チェーザレ
神々よ、私の潔白を、あなたは良くご存知だ。
だが私は未だに悪者の嘘つきのままだ。
おお神々よ、何と理不尽でひどい扱いではないか。
 
Aria チェーザレ
不実な輩と誹謗され、恋人は見向きもしてくれぬ。
なんと耐え難い苦しみか!
余の心の全てを知る神よ、
ただそなただけは余の潔白を分かっているだろうに。
(衛兵とともに退場)
 
 第9場
(レントゥーロとクレオパトラ、衛兵と侍従たち)
 
Recitativo レントゥーロ
何と厄介なことだろうか?
女王は何処だ!盲目の愛は人を何処へ連れて行くつもりか?
チェーザレ殿が色恋沙汰にはまってからは、そのお人から英雄の姿は消えてしまった。
おお、彼女が来たぞ。
(クレオパトラが衛兵とともに近づいてくる)
怒りに燃えていても美しい。
女王様、チェーザレ殿への愛が本物であるなら、私の言うことを信じてください。
チェーザレ殿への非難は的外れです。あの嘘の手紙は、彼の本心とは無関係です。
クレオパトラ
あの人のなかには、怒りのもとになる不快な思いしか見出せませんわ。
レントゥーロ
あなた様は過敏のあまり、疑い深くなっておられます。
チェーザレ殿は決してあなた様を騙そうとなど思っていません。
彼はただ、元老院を言いくるめようとしただけなのです。
神々が彼の潔白の証人ですよ。
クレオパトラ
(横を向いて)〔独白:本当かしら?きっと本当なのね!〕
レントゥーロ
彼はあなた様を愛していますし、結婚するつもりです。
すぐにでもあなた様と一緒になることを切望されているのです。
クレオパトラ
それが本当なら嬉しいわ。あの人を拒んだりしない。
(衛兵とともに退場する)
 
 第10場
 
Recitativo レントゥーロ
女心というのは全く厄介だ!いともたやすく愛が憎しみに変わる!
だがクレオパトラが疑うのももっともだ
ああ、偽りに何も良いことはない。
誉れある支配者は、常にその心に真実を伴わせなければならぬ。
 
Aria レントゥーロ
人を欺こうとする者は、己のことで精一杯。
けれども皆が知ってのとおり、やがて名誉も威儀も無くすだろう。
  最早や誓いを守らぬ者は、正しき者と呼ばわれず、
  法をおかす愚か者は、嫌悪とともに軽蔑される。
(仲間とともに退場する)
 
 第11場
(荘厳なエジプト王の玉座が置かれた大広間。婚礼のための祝祭的な装飾。
エジプト・アラブの捕虜たちを伴うクレオパトラの兵士たちとローマ兵)
 
Recitativo チェーザレ
愛する妻よ、このチェーザレの全ての栄光と未来がそなたの中にあると言わんがため、
ついに神々は余がそなたを抱きしめることを許したもうた。
クレオパトラ
私の価値は、ただあなた様の徳の故と知りましたわ。
それは敵を押さえ込む勇気よりもさらに強く心をとらえ、
獲得したものよりさらに多くを授けて下さるのです。
チェーザレ
余の勇気の全ては、そなたのためにこそ成就する。
たとえ国が踏みにじられ、海深く蹂躙されようとも、
そなたのための国を打ちたてよう。
勝利に湧くこの神聖な日にこそ、そなたは玉座へと昇るのだ。
クレオパトラ
ああ、愛するお方、私の真実の愛は、あなたを慕うこの上なき喜びとともに、
あなたのために生き、あなたのために死ぬのです。
あなただけが私の全てなのですから。
 
Duo チェーザレとクレオパトラ
チェーザレ
愛する者よ、優しき愛の絆によって、われらの心が固く結ばれる時が来た。
クレオパトラ
神々はお認め下さるでしょう、あなたの愛とともにある喜び、壊されることなきこの操を。
チェーザレ
おお、何と喜ばしいことか!
クレオパトラ
ああ、何ていう安らぎかしら!
チェーザレ
そなたの胸のうちに。
クレオパトラ
至上の喜びとともに。
一緒に
全ての希望はあなたのうちにこそある。
チェーザレ
苦しみの後のこの完全なる幸せ。
クレオパトラ
重なる苦難を越えて完全なる愛はもたらされる。
一緒に
私の愛する人とともに、かくなる真実の信頼を運んでくれた、苦難もまた甘美なるもの。
 
 最終場
(全員で)
 
Recitativo チェーザレ
さあ、喜びの祝宴を始めよう。
敵なる者にも特赦を認める。忠誠のほかは何も求めぬ。
(ローマ兵が武器をエジプト・アラブ兵に返す)
女王よ、さあ。
(二人して玉座へ歩む)
余より王笏と王冠を受け取るがよい。あれに。
(王笏と王冠を捧げ持つ廷臣のほうを指す)
正統なる王位のあかしだ。
(彼はクレオパトラの頭上に王冠を被せる)
クレオパトラ
この王冠は、どこにあってもあなたの立派なる智慧を褒めまつることとなりましょう。
チェーザレ
余はローマの空のともに約束しよう、この手で偉大なる国を築くと。
さらには、エジプトがそなたを女王として、我が妻として讃えることを。
全員
そして世界は新たな女王陛下として崇め奉る。
 
(ローマ人、エジプト人、アラブ人たちがチェーザレとクレオパトラに賛辞を贈る)
 
Coro 全員
玉座におわす燦然たる王よ、
愛すべき者に末永き生命と喜びあれ。
祝典の舞踏の軽やかなるを見よ、
正しき神々は常に我らを苦悩より護りたもう。
 
終わり
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